ロッジわがや

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月の42件の記事

2011年4月30日 (土)

GW二日目

Sdsc00984昨日29日は、一時雨が降ったものの、青空も見えてまずまずの天気。ただし立山室堂は雪だったとか。今日は朝方晴れていたものの風強く、午後からカミナリも鳴った。せっかくのGW、青空の下で皆様に気持ち良く遊んでほしいのだが。
1枚目は、今朝のあわすの。2枚目は左がチョビ・11、7キロ、右が千葉のふーちゃん・7、8キロ。今まで世界で一番可愛いコーギーはチョビだと思っていたが、ふーちゃんも可愛かった。
5月3日はお陰様で満室となりました。Sdsc00991

2011年4月28日 (木)

開けてびっくり

Sdsc00963今日来られたお客様から、千葉のお菓子を頂いた。開けてびっくり。あまりにも可愛い~。箱を開けてこんなに驚き、和んだ気持ちになったお菓子は初めてかもしれない。味ももちろん、美味しかった。
「なごみの米屋」のぴーなっつ最中、ご馳走様でした。Sdsc00961

2011年4月27日 (水)

GWの予約状況

Sdsc00942 明後日29日から、いよいよ大型連休です。「ロッジわがや」はここ数年、満室の日・ほぼ埋まっている日が多かったのですが、今年は充分余裕があります。東日本大震災の影響は大きいと思います。
さて、立山の室堂、今回の冬は大雪で、4月になっても寒い日が続きました。「雪の大谷」も高さを保ち、見ごたえがあると聞いています。また、例年の混雑も緩和されているでしょう。
そしてGW期間中の天気予報はまずまず。皆さん、今からでも間に合います。ご予約、お問い合わせは、お電話076-482-1240またはメールmikurigaike@yahoo.co.jpでどうぞ。お待ちしております。
1枚目は、「わがや」から徒歩12分の百間のナメ、2枚目は室堂から望む立山。 Simg_1430

2011年4月24日 (日)

種蒔き

Sdsc00531 今年も米作りの時期がやってきた。上の写真は、4月10日。苗箱に床土を敷いて、ならしているところ。約140枚だが、4人で3時間くらい。先週は、苗を3週間育てるビニールハウスのビニール張りを3時間くらいで。種もみは、浸種して発芽させておく。Sdsc00888 昨日は、種蒔き。苗箱を並べて消毒液を散布。Sdsc00892 そして4人一組で、播種と覆土を機械で。と言っても手回しだが。そして育苗箱に入れて発芽を促進させる。ここまでも約3時間。苗箱は3日後にハウスに移動。その後は温度管理と水やり。Sdsc00895ちなみに、ここまでを省略してJAで成苗(せいびょう)を買うと、一箱980円。大抵の兼業農家は、成苗を買っているはずだ。というか、周りでこういう作業をしている家庭を見たことがない。自分たちで苗を育てると、一箱あたり300円くらいの原価か、人件費は除いて。
田植えは、5月15日の予定。

2011年4月21日 (木)

会話の記録

Sdsc00651 今回一緒にボランティアに行った順ちゃんと、「向こうの人とどんな話をしたか忘れないように、記録を残しておこう」と言い合って、彼女は作ってくれた。私は作っていない。次第に忘れていくものだから、自分も書いておかないと~。

で、彼女が記録した「とにかく明るい主婦3人組編」
コンビーフの缶詰を渡すので、家族の人数を聞いたら・・・
A:今、20人で住んでいるよ。ハッハッハ!家は、全部流された。今、この人(Bを指す)の家に居るの。
B:うちは、山の上だから家はヒビが入っただけ。ハッハッハ!3世帯と、若い夫婦。時間を区切って、台所を使っているの。
私:自宅を開放しているんですね、優しいー!
B:開放はしてないよー。ハッハッハ!
A:私たちが流れ込んだの。ハッハッハ!津波みたいに。ハッハッハ!

私:地震の時、どちらに居たんですか?
C:海のそばの立体駐車場。屋上まで逃げたけれど、下の階まで水が来ていたから、手を合わせて覚悟をしていた。洗濯機のように、車がぐるぐる回っていた。水が引かなくて2日間、そこにいた。
私:その間、飲まず食わずですか?
C:それがさぁ!ハッハッハ!隣がパチンコ屋で、景品がいろいろ流れてきて、それで炊き出しを屋上でした。ハッハッハ!
B:地震ダイエットをしているけれど、ボランティアさんのおかげで、痩せれない。ハッハッハ!
私:みなさん、明るいですね。
A:もう笑うしかないの、ハッハッハ!みーんな流されて、もう、ハッハッハ!下向いていたってしょうがない、ハッハッハ!

外国からの応援

Sdsc00236上の写真は、3月27日の女川町。
今回の震災では、色々な国から援助の手が差し伸べられているのはご承知の通りだ。人口わずか30万人のモルディブでも、このようなムーヴメントがあったらしい。ここでは2004年のスマトラ沖地震で、100人ほどが津波で亡くなっている。私が2年間住んでいたモルディブのムラク島では被害がなかったが、隣のムリ島では6人が亡くなっている。
今回の活動中に、かの国からの支援物資のツナ缶を見ることは出来なかった。でも、何か日本のためにしたい、だから缶詰を送る、そういう機敏な行動力をありがたく思う。
下はムラク島。Sdscn1584

あわすのにも春

あ
あわすのの雪も、めっきり減ってきた。目の前で、20センチくらい。雪解けした所には、ふきのとうも出てきた。
さっき、ふきのとう味噌を作った。私の作り方は簡単。ザクザク切って、フライパンで炒めて、砂糖と味噌を加えて、水分を飛ばして出来上がり。茹でたりしない。鮮やかな緑も残る。
今晩のワインのつまみにするか~。

2011年4月17日 (日)

一緒に活動した人たちのwebsite改訂版

Sdsc00791 ヒューマンシールド神戸 吉村誠司さん
四万十塾 ブログ
八ケ岳ピースワーカーズ
黒澤さん(日本財団)
しんご(上市在住のスキー仲間)
木戸さん(豊橋在住のガイド仲間・活動時期はずれている)
はからめ
ナカコさん
津田さん(整体師)
津田さんのブログ
がってんさん(屈斜路ガイドステーションわっか)

他にもwebを見つけたら追加します。

おいしいご飯

Sdsc00874 今回も南境生活センターにお世話になり、屋根の下で寝起きしたので、無駄に体力を消耗することなく活動出来た。3月23日から31日まで石巻にいた時は、カップラーメン中心で、時々炊き出しの残りという食生活だった。しかし今回は、いまちゃん(写真を撮り忘れた)の作るおいしいご飯を毎日食べて、さらに元気に活動出来た。15日の夕方5時、石巻を離れる最後の食事は、五穀米チャーハンと味噌汁とゆで卵とリンゴ煮だった。

炊き出しのプロ

Sdsc00856 15日のS地区での炊き出しは、プロの2名と行動を共にした。ゆたかさんとくりちゃんは、イベントでスタッフ向けの炊き出しを24時間体制でやっているとのこと。安心してお任せし、私は物資配布に専念出来た。Sdsc00864 コンビーフ入りのクリームシチュー、美味しかった。食べにきていたおばちゃんは、ボランティアさんのおかげで震災ダイエットが出来ない~、と豪快に笑っておられた。でも、夜の静けさの中では寂しい思いをしているんだろうな、と富山に帰ってブログを書いている今、彼女の心情を想像してみた。Sdsc00868

まだまだ足りない

Sdsc00855 4月15日、前日に続いてS地区へ。区長さんによると今は22世帯90人が住んでいるとのことだが、昼間は片付けに来ている人も多いので、もっと人は多い。前日の無料配布では鍋が68個さばけた。一つも鍋がない、或いは一個しかない世帯限定だったのだが、それだけ必要なものが津波で流されているということだ。ちなみに配布はこの地区住民限定ではなく、通りかかる人の誰にでも、である。
14日には2トントラックの半分くらいの物をさばいたが、15日には3トンほどをさばいた。なるべく不公平がないように、Tシャツ100枚、レトルトカレー300食、懐中電灯300個、ジャージ30着、男女下着300着、靴下300足、乾電池大量、マジックライス2000食、茶わん蒸し500食、ラジオ50個、ハンドクリーム50個などを配った。
物資配給の時期は終わった、という人もいる。それは社協の仕事だ、という人もいる。だが実際、避難所以外のまばらに人が住んでいる地区では、物資が不足しているのが現実だ。
商店も営業を始めている。でも、車も自転車も流されてしまい、買いにいけない。親族や友人が届けてくれてはいる。でもそれは、必要最小限かもしれない。
自転車で通りかかったK地区の人と話した。「何もない、お金もない」と。そう、被災した人は、これからどれだけ多くのお金がかかるだろうか。と考えると、経済の妨げという論調に惑わされることなく物資を配ることが出来る。支援物資は倉庫に溢れているのだから。Sdsc00801この地区での炊き出しと配布を終えたあと、違う地区に出向いて様子を聞いた。そこは約80世帯あるが、鍋がない家庭は50世帯以上あるとのこと。物もまだまだ足りないし、それをデリバリーする人員もまだまだ足りない。Sdsc00810

2011年4月16日 (土)

富山着

Sdsc00876 本日5時10分、あわすのに戻った。この2トントラックがあったおかげで、縦横無尽に動くことが出来た。最後は、ゴミの持ち帰りということで、大量の段ボールを積んで。「わがや」前のゲレンデは、まだ全面滑走可能。

2011年4月14日 (木)

デリバリー

Sdsc00814_2 栄田地区での炊き出し豚汁が余ったので、近所へ声掛けしての移動提供。狭い区域であっという間に30人ぐらいの鍋を持つ手がのびた。

ヤマゲンの味噌

Sdsc00796高校の同級生から、高岡にあるヤマゲン味噌とだしつゆを提供して頂いた。炊き出しの横での無料配布では、「味噌がある〜」と大層喜ばれた。そう、ここは味噌も醤油もお菓子も美味しいです。ありがとうございました。

今日は炊き出し

Sdsc00794今日は女の子4人と共に、新規開拓の炊き出し場所へ。食数は350。メニューは豚汁。アメリカ人のアナと一緒に、英語の勉強をしながら野菜を刻んだりと、楽しかった。そして美味しい仕上がりになった。Sdsc00804

大川小学校

Sdsc00780 中学校でのクリーン作戦は、3時半には終了。9時から三時間、お昼を挟んで午後から二時間。労働時間はこれまでの12時間労働に比べて桁外れに少ないが、心地よい疲れ方だった。Sdsc00778_3 早く終わったので、足を延ばして近くの小学校へ。黙祷をして、残された遺族や早くに人生を終えてしまった子供たちのことを考えると、涙が出てきた。今回の石巻で初めての涙だった。Sdsc00781

2011年4月13日 (水)

泥出し

Sdsc00708 中学校の職員室。泥だらけだったが、人海戦術でだいぶきれいになってきた。この後さらに、ピカピカとは言えないまでもいい感じになってきた。クリーン作戦は3日間なので、明後日が楽しみだ。
私は明日は炊き出し、最終日の明後日は行動未定。最後を見たい気もするが、どうだろうか。下は別の部屋。Sdsc00716

お昼ご飯

Sdsc00739 我々、南境生活センターを拠点にしているチームでお昼ご飯を食べていた。すると中学校の用務員さんが、一人じゃ寂しいからと合流された。
地震、津波、その時の学校の様子、家族と連絡がとれなかったこと、色々と話してくれた。津波は映画の世界だったとも。
石巻では、その時の話を話してくれる人が多い。ただ聞いてほしいだけではなく、伝えたい気持ちもあるのだろう。Sdsc00745

廃品出し

Sdsc00700肩の高さまで津波を被った一階。使えなくなった備品、机、本など諸々を外に出し、校庭の隅に運んだ。
私は今回、2トントラックを太郎平小屋の五十嶋さんから借りた。この日も大変役に立った。Sdsc00725

大川中学校

Sdsc00697今日から3日間、100人超と大量のボランティアを投入しての学校クリーン作戦。私も志願して参加した。
9時、挨拶をされる校長先生。

チーム富山+1

Sdsc00691 今朝、富山から一人で来ていたのぞみちゃんが帰っていった。一人で来た彼女だが、宿舎が同じで炊き出しも一緒にした。単独で飛び込んでも何とかなる。そこが石巻のいい所だ。
背後霊は、八が岳ピースワーカーズのちゃんさん。

写真撮影

Sdsc00665これも同じ場所にて。右は前回のボランティアの時に醤油を下さった、山形さん。左は今回富山から一緒に来た、順ちゃん。

再会

Sdsc00661 門脇一丁目に、物資を持って行った。顔馴染みの皆さんに歓迎されて、嬉しかった。

クリームシチュー

Sdsc00647 ちょっと固いままの野菜もあったけれど、具沢山の美味しいシチューを出すことが出来た。Sdsc00650

人参

Sdsc00642 炊き出しは前日に続いて鹿妻地区にて。メニューはクリームシチュー、300食分。4人で野菜を切るのに二時間かかった。
人参は、石川県七尾市のスギヨの農場で働く半澤さんから頂いたもの。様々な人の支援、助かっています。Sdsc00643

ラジオ体操

Sdsc00639朝、石巻専修大学内にあるピースボートの倉庫にものを貰いに行った。物資は、此処や自衛隊の管理する総合運動公園、日赤病院などにどーんとある。それを配る人間が不足している。
ピースボートのボランティアが大勢、ラジオ体操をしていた。

ミーティング中

Sdsc00634 お世話になっている南境生活センター、公民館みたいな所。屋根の下で寝れるので、余計な体力を消耗しなくて済む。
それよりも素晴らしいのは、リーダー層のレベルが高いこと。阪神大震災から活動している、行動力と知性とユーモアに富んだ人たちなので、人も自然と集まってくる。12日朝、毎日7時から30分行われるミーティングには、50人くらいが参加していた。私が最初に来た3月23日は、20人ほどだった。Sdsc00636

寒い朝

Sdsc00630 12日朝6時、外に出しておいたスコップに溜まった水が、凍っていた。もう春のはずなのに、さすが東北。

2011年4月11日 (月)

テント村

Sdsc00626 石巻専修大学のテント村。3月末の10倍以上のテントが張られていて、当地でのボランティア活動の広がりを感じる。
一人用テントには、群馬から来たというおじさんが。どう見ても60代。若者も頼もしいが、シルバー世代も心強い。

理美容ボランティア

Sdsc00616 渡波小学校ではちょうどその日、散髪ボランティアの人たちが活動していた。団体名は控えるのを忘れた。行列が20人ほど出来ていた。Sdsc00617

プレイルーム

Sdsc00612 渡波小学校には、子供向けのプレイルームが出来ていた。統括しているのは、同じ避難所に暮らす高校生たち。OB会員はサポートという、素晴らしい関係が出来ていた。遊び道具はあえて少な目にしているとのこと、子供たちは将棋やトランプ、デュエルマスターズなどで自由に遊んでいた。

仲間の活動先視察

Sdsc00606鹿爪地区での炊き出しを終えて時間があったので、青年海外協力隊OB会チームが活動している、渡波(わたのは)小学校を訪ねた。避難所、避難所以外含めて1500食ほどを毎昼に提供しているとのこと。広島の木工隊員の細川さんが、立派な机を作り上げていた。また献立は、明日のメニューも張り出し、お客様目線に立ったものだった。Sdsc00604

ラジオ出演

Sdsc00595今日、地元富山のKNBラジオに10分ほど出演した。「とれたてワイド朝生」だが、毎日聞いている面白くてためになる番組だ。陸田さんや木下さんと話したが、喋っているうちにだんだん緊張してきた。
後で妻に電話して、「どうやった?」と聞くと、「ちゃんと録音出来たよ」との答えが返ってきた。

子供たち

Sdsc00592 中2の少年たち。ます寿司が美味しかったと、家族の分も持っていってくれた。
画像は、デジカメで撮ったものを携帯で撮り直して、メール送信してブログ投稿している。近くにある石巻専修大学では無線LANも通じるので、パソコンを持ってくれば良かった。

ますの寿司

Sdsc00580 母校である武蔵大学の先輩のご厚意により、源のますの寿司を石巻に運んだ。全国的に有名な駅弁だ。
今日の炊き出しで、味噌汁と共に提供した。皆さん大喜び。ありがとうございました。Sdsc00593

炊き出し

Sdsc00565 今日は4人チームを組んで炊き出しに行った。昨日井波で収穫されたカブラやスギヨさん提供のさつま揚げ・ちくわなど、具沢山の味噌汁を250人分。鍋持参の人には家族分を、そうでない人にはその場で提供。12時から配り始めて1時過ぎには空っぽになった。
Sdsc00583

再び石巻へ

再び石巻へ
今朝4時に到着。7時からのミーティングの風景。

2011年4月 7日 (木)

銀座で再会

Dsc00519 ガイド研修のあと、学生時代の山仲間と銀座のライオンで飲んだ。かつては江古田で毎晩のように飲んだり語り合ったりした先輩、同期、後輩たちだ。それぞれ3年ぶりだったり10年ぶりだったりするのだが、すぐに昔に戻れるのがいい。
皆、部長や課長、編集長などと、地位を築いている。そんな中、先輩がミュージシャンになっていた。CDを買って聴いたが、心地のよい音楽だ。そういえば、学生時代にも生歌を何回も聴いたけれど、その頃からうまかったなぁ。
楽しい3時間半だった。それから池袋に向かい、夜行バスが出る23時の2分前にバス停に着いた。危なかった~。

丹沢で研修

Sdsc00448 4月4日(月)、5日(火)と、神奈川県の丹沢山塊に行ってきた。登山ガイドの資格更新研修のためである。日曜の夜行バスで富山を出て、新宿歌舞伎町で朝飯にラーメンを食べて、9時半の集合時間に現地に着いた。講師は上野真一郎さん
登山道を歩きながら、自然解説の勉強。自分がいかに植物に疎いかを思い知らされる。いつも春先に、「今年こそは詳しくなろう」と決意し、いつの間にか秋になっている。さて今年はどうなるだろうか。
途中、要救助者の引き上げの勉強。3分の1システム以外のやり方を教わった。大変ためになった!
Sdsc00464 木漏れ日の中、下っていく。気持ちのいい道だ。この日はビールとウィスキーを研修生同士で飲んで、早めに寝た。Sdsc00492 翌5日もコースを変えて、自然解説の勉強や搬送技術の確認など。3月にソニーのコンパクトデジカメを買ったのだが、タッチパネルでメモ出来るので、記録するのに便利だ。いい買い物をした。
夕方4時半に研修終了。実のある二日間だった。ありがとうございました。

2011年4月 3日 (日)

一緒に活動した人たちのwebsite

Sdsc00201_2 ヒューマンシールド神戸 吉村誠司さん
四万十塾
四万十塾 ブログ
八ケ岳ピースワーカーズ
黒澤さん(日本財団)
しんご(上市在住のスキー仲間)
木戸さん(豊橋在住のガイド仲間・活動時期はずれている)

他にもwebを見つけたら追加します。

2011年4月 1日 (金)

富山着

Sdsc00318_2 3月11日の午後2時46分、民放テレビを観ながら確定申告の追い込みに入っていた。東京のスタジオが揺れ、その後富山も揺れた。東北で震度7、ただ事ではないと感じた。
翌日、震災ボランティアに行くことを決意。妻に相談すると、うんと頷いてくれた。その次の日、息子に「行こうと思っている」と告げると、「おれも行きたい」と言ってくれた。スキー場の営業は21日まで、出発を22日と定めた。Sdsc00199報道を見る限り、なかなかボランティアの募集は始まらない。それでもいくつかの団体の募集を見つけ、連絡を進めた。そして22日の岩手行きがほぼ決定。この日の朝、石巻から戻ってきた魚津の河内あきおさんという人に電話して様子を聞いたのだが、これが縁となった。午後の3時ごろ、河内さんから電話があり、石巻に行ってくれないか、向こうは大変だと。そして岩手に断りを入れて、準備を済ませて夜の7時半に自宅を出た。途中、新潟県村上市で仮眠をして、山形を経て石巻に入ったのは夕方4時だった。Sdsc00184 そして四万十塾のとおるさんを頼り、石巻専修大学に近い南境生活センターの拠点にお世話になることになった。ここは様々なNGO、NPOの集まる所。ヒューマンシールド神戸の吉村誠司さん、八ケ岳ピースワーカーズ、四万十塾や個人など20人ぐらいが公民館のような建物に集まっていた。その日は早速炊き出しの手伝いに行った。その後の活動は、これまでの記事に書いている。 Sdsc00368_2 とにかく体と車を動かした。朝6時半にカップラーメンをすすり、夜7時からのミーティングが終わるまで、「人を助けたい」との思いにかられての9日間だった。
途中、息子たちも合流した。これが岩手だったら遠すぎて無理だっただろう。Sdsc00310昨晩は山形に泊まった。そして日本海側を走る。
石巻で出会った人たち、風景を思い浮かべながら「ふるさと」を口ずさむと、涙が出てきた。新潟に入ったころから、このままでは終われない、との思いが強くなり始めた。まだどう動くかは決めていない。ただ、行動することは続けたい。 Sdsc00386

プレゼント

プレゼント
プレゼント
門脇一丁目に、何度か通った。それより南側は人が住める状況にはなく、どん詰まりだ。市街地にはほど近いが、近くの店はやっておらず、給水所までは歩いて10分とのこと。地震から18日経った29日に行った時も、まだカセットコンロやランタンさえ持たない人が多くいた。
昨日31日、最後に此処を訪ねた。炊き出しの味噌汁を運び、一緒に飲んだ。そして、私は山形屋さんの醤油を、子たちはタイヤ屋の工藤かんからツナギやジャンパーをもらった。此処で出会った笑顔も忘れがたい。

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »