ロッジわがや

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2011年4月 1日 (金)

富山着

Sdsc00318_2 3月11日の午後2時46分、民放テレビを観ながら確定申告の追い込みに入っていた。東京のスタジオが揺れ、その後富山も揺れた。東北で震度7、ただ事ではないと感じた。
翌日、震災ボランティアに行くことを決意。妻に相談すると、うんと頷いてくれた。その次の日、息子に「行こうと思っている」と告げると、「おれも行きたい」と言ってくれた。スキー場の営業は21日まで、出発を22日と定めた。Sdsc00199報道を見る限り、なかなかボランティアの募集は始まらない。それでもいくつかの団体の募集を見つけ、連絡を進めた。そして22日の岩手行きがほぼ決定。この日の朝、石巻から戻ってきた魚津の河内あきおさんという人に電話して様子を聞いたのだが、これが縁となった。午後の3時ごろ、河内さんから電話があり、石巻に行ってくれないか、向こうは大変だと。そして岩手に断りを入れて、準備を済ませて夜の7時半に自宅を出た。途中、新潟県村上市で仮眠をして、山形を経て石巻に入ったのは夕方4時だった。Sdsc00184 そして四万十塾のとおるさんを頼り、石巻専修大学に近い南境生活センターの拠点にお世話になることになった。ここは様々なNGO、NPOの集まる所。ヒューマンシールド神戸の吉村誠司さん、八ケ岳ピースワーカーズ、四万十塾や個人など20人ぐらいが公民館のような建物に集まっていた。その日は早速炊き出しの手伝いに行った。その後の活動は、これまでの記事に書いている。 Sdsc00368_2 とにかく体と車を動かした。朝6時半にカップラーメンをすすり、夜7時からのミーティングが終わるまで、「人を助けたい」との思いにかられての9日間だった。
途中、息子たちも合流した。これが岩手だったら遠すぎて無理だっただろう。Sdsc00310昨晩は山形に泊まった。そして日本海側を走る。
石巻で出会った人たち、風景を思い浮かべながら「ふるさと」を口ずさむと、涙が出てきた。新潟に入ったころから、このままでは終われない、との思いが強くなり始めた。まだどう動くかは決めていない。ただ、行動することは続けたい。 Sdsc00386

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コメント

とりあえず、お疲れさまでした。

ありがとうございます。
富山に帰れば帰ったで、色々することがあります。
その中で、東北への思いを形にしていこうと思っています。

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